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古谷健司 牧師
「だが、それがなんであろう」 フィリピ.1:12〜20 「他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不順な動機からキリストを告げ知らせているのです。だが、それがなんであろう。口実(見栄から)であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。」(17〜18) 身動きのならない獄中のパウロを苦しめるために、教界内での自分たちの勢力を増すために伝道する者たちがいたのです。他者の傷口に塩を擦り込むような嫌悪すべき者たち、自分たちの主張を絶対とし異なる考えを持つ者たちを攻撃する者たちが、執拗にパウロに付きまとっていたのです。彼らの仕打ちを、「だが、それがなんであろう」とパウロは受け流します。「私たちが真剣に信仰に生きる時受ける困難は、喜びの福音が他の人に伝えられ、それがその人を生かすようになるためにどうしても起こらなければならない過程なのです。」損な役回りで私たちは隣人に奉仕する(佐竹明氏『貧乏くじの祝福』)−『喜びの手紙』と言われる『フィリピの信徒への手紙』は、喜びようのない状況の中での喜び方を私たちに教える手紙なのです。 |
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